私は今日まで生きてみました・・・
そして今私は思っています。
明日からもこうして生きていくだろうと。。。
今年31年ぶりに行なわれた、拓郎のつま恋コンサートのTV放送を観て、涙してしまったのは私だけなのでしょうか?30年も前の彼が、今の心境を語って作った詩では決してないはずの歌が、どうしてこんなに胸を打つのか。。。人生、繰り返しの連続だってことを、物語っているのでしょうか。
私が中学生の頃、その頃はすでにフォークソングからニューミュージックと呼ばれる時代だったか、“シンガーソングライター”という言葉が定着してきた時代だったのだと思う。それでも、拓郎や陽水はフォークの代名詞として我々の時代の人間でも、ほとんどの者が聴いてきたものです。ですから、彼は本当の意味で「時代を共にしてきた人」というよりは、ひと時代前の人。世間に対する反発やおとなに対する反抗を歌にして、先頭になって生きてきた人なのだと思う。それ故の批判を浴び、苦しんできた人なのでしょう。その時代に生きた人達と、今このように共感できる自分がここに居る。世間的にはもう十分におとなになっている自分だけれども、どうしてその時代の歌を聴いて、その詩の内容が今の自分の胸に突き刺さるのか?それはきっと“懐かしさ”ではないからなのでしょう。
けれども今、私の持っているCDの中から拓郎のものを探して聴いています。それが’99年に発売された「THE BEST PANNY LANE」という2枚組のCD。その頃にもきっと何かを感じて彼のCDを買ってきたのだろうなと思うと、なんだか不思議な感覚に襲われてしまいます。やはり“懐かしさ”だったのでしょうか?それとも、彼の歌に何かを求めていたのでしょうか?その時何が自分の心を動かしたのか、そんな少し前の事でさえも忘れてしまっている。
この一年、辛い事から逃げ出してしまいたくなっていた。何かにしがみつきたい衝動に駆られ、必死に生きていた。自分の胸の想いを誰にも語る事が出来ず、眠れない日々が続いていた。先月末に最悪の結果が出てしまった次の日、珍しく父親から電話があった。親元を離れて暮らして、もう25年が経とうとしてるけど、父親から電話してくるなんて初めての事だった。ほんとは、私から事情を説明しなくてはならないはずだったのだが、それすら聞こうとせずにいてくれた。そして私の胸の内を察しているかのような言葉が父の口から出たとき、言い知れない感情が溢れてきた。強がって生きている自分がここには居て、それを誰かに助けてもらう事が恥ずかしい事だという感覚がいつの間にか身に付いてしまっている。その自分に、素直に正直に生きてきた事に対して自分なりの自負があった。間違った事はしてはいないけど、矛盾する事がまかり通ってしまうこの世の中に、負けそうになっていた時にもらった父からの初めての言葉と、自分の気持ちがこの言葉とオーバーラップする。。。
私には私の生き方がある。
それは、おそらく自分というものを知ることから始まるものでしょう。
けれどそれにしたって、どこでどう変わってしまうか
そうです、わからないまま生きて行く、明日からのそんな私です。
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コメント
必死に生きることしかできない・・
これが答えなのかなと何かに苦しんだり立ち止まったりするたびに思うことですよね。
辛いことがあれば嬉しいこともその分起きるものだし、いいことばかり続くということもないんだなぁということもだいぶわかるようになってきましたぁ。
みゆ、よく思うんです。
結果的に後悔しないようにいこう!って。
お父さんが何かを察してくれたときに感じる感情って、みゆはそこまでこみあげるものはまだ経験したことないのかもしれない。
けど、父親っていつも実は気にかけてくれていて、何も言わず、見守っていて、何かがあったときだけ本当の意味で守ってくれる存在なのかも。。と。。^^
投稿: みゆ | 2006年10月28日 (土) 16時28分
みゆ、ありがとう。
他人の気持ちって理解出来ないところがあるけど、理解しようとする気持ちが大事なんだよね。
信じる気持ち。。。
たとえ裏切られても、それを自分の問題として自分を納得させることって、とても難しい。
でも、それは自分にとって決して無関係ではない事なんだから・・・と、そう説得するしかないのかな?
誰にだって親が居て、その親を超える事は出来ないって。。。それでいいのだと思う。
血が繋がって居ない人に対しても、繋がってる人に対しても、
自分に対して素直になることが、後悔しない事だって、
私はいつの頃から思い始めたのかな?
みゆの暖かいコメントに感謝。。。
投稿: J-walkerよりみゆへ | 2006年10月28日 (土) 23時14分